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従業員の能力不足を理由とする普通解雇の有効性の基本的な考え方及び考慮すべき基本的要素(東京高裁平成27年4月16日判決)

はじめに

 今回は、裁判例(東京高裁平成27年4月16日判決)を通して、従業員の能力不足を理由とする普通解雇の有効性の基本的な考え方及び考慮すべき基本的要素を確認するとともに、実務上の留意点について考えます。

1 事案の概要

 海空運事業者を対象とした健康保険事務の業務を行う海空運健康保険組合(Y)が、元従業員Xを、業務過誤及び事務遅滞を長年継続して引き起こしており、繰り返し必要な指導をしたが改善されなかったと主張して、能力不足を理由に普通解雇した。元従業員は、普通解雇が無効であるとして従業員たる地位の確認及び解雇以降の賃金の支払いを求めて提訴した。

2 判決の概要

 Xは、上司の度重なる指導にもかかわらずその勤務姿勢は改善されず、かえって、Xの起こした過誤、事務遅滞のため、上司や他の職員のサポートが必要となり、Y全体の事務に相当の支障を及ぼす結果となっていた。

 Yは、本件解雇に至るまで、Xに繰り返し必要な指導をし、また、配置換えを行うなど、Xの雇用を継続させるための努力も尽くしたものとみることができ、Yが15名ほどの職員しか有しない小規模事業所であり、そのなかで公法人として期待された役割を果たす必要があることに照らすと、YがXに対して本件解雇通知書を交付した時点において、Yは、Xの従業員として必要な資質・能力を欠く状態であり、その改善の見込みも極めて乏しく、Yが引き続きXを雇用することが困難な状況に至っていたといわざるを得ない。本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められるから、有効である。

3 留意点

(1)能力不足や勤務成績不良を理由に解雇する場合は、単に能力が不足するあるいは成績が不良というだけでなく、それが企業経営に支障を生ずるなどして企業から排斥すべき程度に達していることが必要とされています。そして、会社が教育、指導を尽くしたか、改善の見込みがないのか、配転や降格(降給)といった解雇回避措置をとる余地がなかったのか等を考慮し、解雇以外に方法がない場合にはじめて解雇は有効とされる傾向があります。今回の裁判例もこのような傾向に沿っています。

(2)本件において、Xには、7年間程、過誤や事務遅滞が数多く見られ、その中には個人情報の漏えい等を伴う重大なミスもいくつか含まれていました。会社は、継続的な指導改善をしつつ、配置転換や部署異動、業務内容変更を複数回試みたが、Xの過誤や事務遅滞は改善がされることはなく、周囲の従業員のサポートも限界に達し、最終的には、派遣社員が必要となりました。

  このような事情から本件では、解雇有効と判断されましたが、一審では、「せいぜい管理職としての力量不足としてみられるものであり、これが直ちに解雇事由になると解すべきではない」とし、解雇を無効と判断しています。Yが公法人ではなく、従業員の数も多い大規模事業所であれば、控訴審でも解雇無効とされていた可能性も否定できません。本件事案を一般化するべきではなく、あくまでも個別判断の結果であると理解した上で、能力不足解雇は基本的には認められにくいと考えておくのが誤った解雇をしてしまわないためにも重要です。

(3)能力不足解雇をする場合においては、能力不足や勤務成績不良を裏付ける客観的な証拠を日々残すこと、能力不足の程度に応じた教育指導を根気強く行い、改善の機会を十分に付与すること、事業規模に応じて可能な範囲で、配置転換等を行い、従業員の適性にあった業務を探す努力をし、それを証拠化することにより、裁判所に当該従業員を排除してもやむを得ないと説得できるだけの証拠を準備しておくことが肝要です。

                                      以上

(前川宙貴)



by tenma-lo | 2017-09-06 16:00 | 労働